みい山擁護派の中では、芯を食った意見のように思えたので。

しかしこの

もの凄く生を謳歌しようとしていた。みいちゃん自身が、圧倒的な「生」そのものだ。

っていうの、ネット民になじみの表現で言いかえると結局、「みいちゃんの命の輝きを見よ!」ってやつなんだよなぁ。生の哲学の残忍さよ…

Xユーザーの大野左紀子さん: 「「社会的意義」とか「学び」とか。最近はアートでもそこに着地しようとしてるのが目立ち、良くない傾向だと思う。作品はメッセージを運ぶ入れ物ではない。ピカソは「ゲルニカ」に反戦の願いを込めたという話が好まれるが、まずその前に「ゲルニカ」という絵そのものを丸腰で味わうべきではないかと。」 / X

この意見は、本人の自認はどうあれ、審美主義右翼の系譜に連なるものである。アートは結局のところ貴族の道楽であり、それは弱者の犠牲の上にこそ美しく花開く、という意味では一面で正しいと思う。

しかしだからこそ、しょせん芸術の生贄に捧げられる側でしかない我々底辺の人間は、こういう作品をありがたがる義理もないのである。